台湾パイナップルケーキの起源とは?鳳梨酥の歴史を台北・大稲埕で辿る
添乗員ライターがお届けする海外旅行情報。今回は、台湾みやげの定番「パイナップルケーキ」の起源をご紹介します。
台湾のパイナップルケーキは、中国語で鳳梨酥(フォンリースー)と呼ばれる焼き菓子です。四角く小ぶりなバター生地の中に、甘酸っぱい餡が入っています。身近なお菓子でありながら、いつ、どこで、誰が生み出したのかとなると、実ははっきりしていません。
この記事では、鳳梨酥のルーツを時代順にたどります。あわせて、ゆかりの深い台北・大稲埕(ダーダオチェン)の街並みと、周辺で泊まれるホテルも見ていきます。

起源に定説がなく、餡の主役はパイナップルではなかった
発祥の地と人物は特定されていない
鳳梨酥の発祥について、特定の店や人物を決定づける記録は確認できません。台中の菓子職人が小ぶりな形に改良したとする説など、語られ方は一つではなく、地域や店ごとに由来が異なります。「この一軒が元祖」と言い切れないのが実情です。
昔の鳳梨酥にはパイナップルがほとんど入っていなかった
もうひとつ意外なのが、餡の中身です。昔の鳳梨酥は冬瓜(とうがん)の餡が中心で、パイナップルをほとんど含まないものも多かったとされています。台湾では、冬瓜餡の鳳梨酥を「冬瓜酥」と呼ぶこともあります。
それでも「鳳梨」の名が付いたのは、縁起の良さが理由です。台湾語で鳳梨は「旺来(オンライ)」と同じ響きで、繁栄が訪れるという意味を持ちます。パイナップルの味をそのまま期待して食べると、食感や風味が想像と違うかもしれません。この点を知っておくと、歴史の面白さがいっそう伝わってきます。
酸味の強い土鳳梨酥は好みが分かれる
近年は、冬瓜を使わずパイナップルだけで作る土鳳梨酥も人気です。ただし、酸味が強く繊維の食感も残るため、なめらかで甘い冬瓜入りの鳳梨酥とは別のお菓子のように感じる人もいます。どの型を選ぶかによって味の印象が大きく変わる点は、買い物の前に押さえておきたい特徴です。
パイナップルの渡来から鳳梨酥の誕生まで
清代に伝わった小さくて酸っぱい在来種
台湾でのパイナップル栽培は、清の康熙年間(17世紀末から18世紀初頭)に中国大陸の東南部から在来種が伝わったことに始まります。当時のパイナップルは拳ほどの大きさで酸味が強く、果肉を食べる人は少なかったといいます。葉を干して、繊維を編み物の材料に使うのが主な用途でした。
日本統治期の缶詰産業と開英種
転機は日本統治期に訪れます。経済作物として目を付けた日本側が、1920年代にハワイから大粒で食用に向く開英種(スムース・カイエン種)を導入しました。生産が安定すると、パイナップル缶詰の生産量は年々増え、台湾から日本や欧米へ輸出される主力産品へと成長しました。
戦後の1955年には、耕者有其田政策の下で鳳梨公司が民営化され、台湾鳳梨股份有限公司(台鳳)が設立されました。1960年代から70年代にかけては、缶詰産業の黄金期を迎えます。この豊富なパイナップルが、のちの鳳梨酥につながっていきます。
喜餅の「鳳餅」が小さな四角いお菓子に変わった
鳳梨酥のルーツは、結婚の祝いに贈る伝統的な喜餅にあります。台湾の国立台湾歴史博物館が運営する国家文化記憶庫には、鳳梨酥は伝統的な喜餅を改良してできたと記されています。昔の喜餅は丸く大きな「鳳梨大餅」で、肉餡の塩味の龍餅と、鳳梨餡の甘い鳳餅を組み合わせて贈る習わしがあったと伝えられます。
鳳餅の餡には、酸味が強く繊維の粗い土鳳梨が使われていました。そのままでは口当たりが悪く、食べやすさに課題があったそうです。
1980年代に入って商工業社会が進むと、菓子市場は大きく拡大しました。菓子職人たちは鳳餅に冬瓜の餡を加え、サイズを小さな方磚(四角いレンガ)形に縮め、焼き上げに使う豚の脂をバターに替えました。今のパイナップルケーキに近い姿が整ったのは、この頃だとされています。
輸出の減少が冬瓜餡の普及を後押しした
背景には、パイナップルの需給の変化があります。1970年代の台湾は世界第2位のパイナップル輸出国でしたが、輸出が縮小して国内に在庫があふれました。そこで菓子業者が、パイナップルを餡に加工して使い始めます。
ところが、パイナップル餡は繊維が粗く酸味も強いため、そのままでは食べにくいものでした。いっぽう冬瓜は、稲作の休耕期の輪作作物として各地で育てられ、安く手に入ります。口当たりもなめらかなため、冬瓜にパイナップルと砂糖、麦芽糖を加えた餡が定着しました。台北市糕餅商業同業公会の記載を伝える報道では、冬瓜餡の菓子に「旺来酥」という縁起の良い名が付けられた経緯も紹介されています。
「旺来」の縁起と、台湾みやげの王道になった理由
鳳梨酥が台湾みやげの代表格になった理由には、名前の縁起の良さがあります。「旺来」は「繁栄が訪れる」という意味を持ち、贈り物にぴったりの言葉です。台湾の人たちは友人への手みやげや新年のあいさつの品として選び、外国人旅行者にとっても買い物リストの定番になりました。
もともと結婚の祝い菓子だった歴史を思うと、人にお祝いや感謝を伝える贈り物として定着したのは自然な流れです。小ぶりで個包装しやすく、日持ちもするため、持ち帰りやすい点も後押しとなりました。
時代とともに変わった餡の4つのタイプ
鳳梨酥は、餡の素材によって大きく4つに分けられます。台湾のメディアでは、冬瓜餡、混合餡、土鳳梨餡、金鑽鳳梨餡の順で変遷してきたと説明されています。
冬瓜餡の旺来酥
最も古い型が冬瓜餡だけで作る旺来酥です。ねっとりと甘く、パイナップルの酸味はありません。現在は少なくなりました。
冬瓜と鳳梨を合わせた混合餡
冬瓜餡にパイナップル餡を混ぜた型で、長く台湾の市場の中心を占めてきました。甘さの中にパイナップルの香りがほのかに立ち、酸味は穏やかです。老舗の佳德糕餅(ジアダーガオビン)も、このタイプとして紹介されています。
土鳳梨酥
近年のパイナップルは品種改良で扱いやすくなり、冬瓜を使わず開英種系のパイナップルだけで作る「土鳳梨酥」が人気を呼びました。酸味と繊維の食感がはっきり残るのが特徴で、微熱山丘(サニーヒルズ)が代表的なブランドです。
金鑽鳳梨酥
最も新しい型が、台農17号の金鑽パイナップルを使う金鑽鳳梨酥です。繊維が細かく、酸味と甘みのバランスに優れています。台湾メディアは、台北の大倉久和大飯店(オークラ プレステージ台北)のベーカリーも、この型の鳳梨酥を出す例として紹介しています。
マレーシアの黄梨酥と比べると見えてくる違い
東南アジアには、鳳梨酥によく似た菓子があります。マレーシアでは黄梨餅や黄梨酥と呼ばれ、旧正月に欠かせない縁起物の焼き菓子です。台湾メディアの比較によると、黄梨酥は一口で食べられる小さな形で、餡が外から見えるものが多く、パイナップル本来の酸味が際立ちます。
これに対して台湾の鳳梨酥は、ひとまわり大きな四角い形で、冬瓜を使った甘くなめらかな餡が主流です。同じパイナップルの菓子でも、各地の暮らしや食材に合わせて姿を変えてきたことが分かります。
大稲埕で生まれた老舗の記憶と、台湾茶との相性
1934年に大稲埕で開業した義美商店
鳳梨酥と大稲埕をつなぐ手がかりが、義美食品です。2019年の同社発表によると、義美商店は1934年3月30日に大稲埕(当時の太平町三丁目)で開業しました。創業期から扱っていた元老商品の中に、鳳梨酥と紅亀(紅色の餅菓子)が含まれていたと説明されています。鳳梨酥の歴史がかなり古くから、この街の菓子文化に息づいていたことがうかがえます。
烏龍茶と合わせる食べ方
台湾では、鳳梨酥を茶と一緒に楽しむのが定番です。生地はバターが香り、餡は甘酸っぱくまとまっているため、すっきりした烏龍茶との相性が良いといわれます。店頭の試食で、熱いお茶を添えて出してくれる店も多くあります。
鳳梨酥のルーツに触れる大稲埕の周辺スポット
義美商店が店を構えた大稲埕は、MRT北門駅と大橋頭駅の間に広がるエリアです。徒歩で巡れる範囲にまとまっており、鳳梨酥の歴史を感じながら散策するのにおすすめです。
迪化街(ディーホアジエ)
台北屈指の問屋街で、赤レンガのバロック様式の建物がずらりと並びます。漢方薬や乾物、茶、花布の雑貨を扱う店が軒を連ね、古い建物を改装したカフェも点在します。旧正月の前には年越しの品を買い求める人で特ににぎわうため、季節ごとの顔を見比べるのもおすすめです。
霞海城隍廟(シアハイチェンホアンミャオ)
迪化街の中ほどにある廟で、現在の場所には1859年に建てられました。縁結びの神様である月下老人が祀られ、地元の人も観光客も絶えず訪れます。小さな境内ですが、お参りを済ませてから鳳梨酥の店を巡る流れも楽しめます。
大稲埕碼頭(ダーダオチェンマートウ)
淡水河沿いの船着き場で、淡水開港後は茶や布、日用品の取引で台北随一の物流拠点として栄えた場所です。当時の繁栄ぶりに思いを巡らせながら、夕暮れの川辺をのんびり歩くのがおすすめです。
台北駅・中山エリアで泊まれる台北のおすすめホテル
大稲埕は台北駅の北側にあり、中山エリアともつながっています。ここでは、台北駅から近く、迪化街まで足を延ばしやすい3軒を挙げます。
ホテル レゾナンス 台北 タペストリー コレクション by ヒルトン
世界的なホテルチェーン、ヒルトン系列のデラックスホテルです。2020年12月に開業し、MRT善導寺駅3番出口から徒歩約1分、台北駅まで1駅という立地を備えます。客室は全室30平米以上の広さで、バスタブ付きです。朝食の名店、阜杭豆漿にも歩いて行けるため、台湾らしい朝ごはんから一日を始めたい方におすすめです。
オークラ プレステージ台北(台北大倉久和大飯店)
2012年に中山エリアで開業した日系の高級ホテルです。MRT中山駅から徒歩約2分、迪化街へは車で5分ほどで行けます。屋上には温水プールがあり、1階にはベーカリーも併設されています。台湾メディアが金鑽鳳梨酥の例として紹介してきたホテルでもあり、鳳梨酥の歴史をたどる旅の拠点として、今回のテーマにもっとも寄り添う一軒としておすすめです。
ホテル ロイヤル ニッコー タイペイ(台北老爺大酒店)
中山駅と雙連駅の周辺にある日系ホテルで、日本語に対応するスタッフがいるため、初めての台北でも安心して泊まれます。プールなどの設備も整っています。落ち着いた雰囲気の中で、散策の疲れを癒やせるホテルとしておすすめです。
台北観光をまとめて楽にする Taipei Fun PASS
Taipei Fun PASS(北北基好玩卡)は、台北市・新北市・基隆市の30か所以上の観光地を巡れる周遊カードです。有効期間中は、台北のMRTやバスなどの公共交通機関に何度でも乗れます。1日券、2日券、3日券があり、大稲埕のような街歩きの合間に、故宮博物院や台北101といった定番の観光地へ足を延ばすときにも使えます(2026年10月時点の確認情報)。
カードの種類や利用できる施設の詳細は、Taipei Fun PASSの紹介ページでも紹介されています。
鳳梨酥の歴史を、大稲埕の散策と宿で味わう
台湾のパイナップルケーキは、結婚祝いの喜餅を原型に、日本統治期の缶詰産業と戦後の輸出の変化を経て、冬瓜餡の四角い菓子へと形を変えてきました。起源に定説こそないものの、旺来という縁起の良さと、時代ごとに変わる餡の工夫が、今の人気につながっています。
迪化街から霞海城隍廟、大稲埕碼頭へと歩き、義美商店が開業した街の空気を感じてから、中山のオークラ プレステージ台北で金鑽鳳梨酥の世界に触れる。そんな旅程で泊まりを組めば、パイナップルケーキの歴史を舌でも足でも味わえます。台北駅から近いレゾナンスやロイヤル ニッコーも含めて、ぜひ日程に合わせて宿泊先を比べ、歴史を辿る台北旅行の予約へ進んでください。

